3人の鬼才が「ゴルトベルク変奏曲」に挑む
衝撃のコラボ「リユニオン」
リユニオン~ゴルトベルク変奏曲
フランチェスコ・トリスターノ|ピアノ
勅使川原三郎|ダンス・演出・照明
佐東利穂子|ダンス
2月16日(木)19時開演 すみだトリフォニーホール
J.S.バッハ: | 「ゴルトベルク変奏曲」より抜粋 アリア 変奏曲3 、6、9、12、13、15、18、21、24、27、30、 アリア・ダ・カーポ |
*都合により公演内容の一部が変更になる場合がございます。未就学児の入場はご遠慮ください。
あらかじめご了承ください。
プログラムについて
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲(抜粋)
アリア
変奏曲3、6、9、12、13、15,18、21、24、30
アリア・ダ・カーポ
バッハの名作《ゴルトベルク変奏曲》は、グレン・グールドが1954年録音盤でセンセーショナルな成功を収めて以降、バッハの代表作のひとつとして、ジャンルを超えた幅広い層に支持されています。バッハを最も重要な作曲家とみなしているフランチェスコ・トリスターノにとっても、《ゴルトベルク変奏曲》は特別な位置を占める存在で、すでに2001年には仏Accordレーベルで《ゴルトベルク変奏曲》全曲を録音しています。今回の公演に際しては、『リユニオン』のための特別な抜粋版を用意。変奏曲の中で3曲おきに登場するカノンをすべて演奏し、バッハがカノンを用いて作曲した、緻密で複雑な対位法に特にスポットを当てます。また、フランチェスコのお気に入りでもある(カノンなしの)第13変奏を一種の<間奏曲>として演奏します。
J.ケージ:ある風景の中で
1948年、女性振付家ルイーズ・リポルドのダンスのために書かれた作品(原曲の楽器指定はピアノまたはハープ)。全曲を通じて、ゆるやかに紡ぎだされる瞑想的で美しい単音は、ミニマルミュージックのさきがけとも言われています。ケージは、私生活上のパートナーでもあったマース・カニンガムのための作品をはじめ、数多くのダンス、バレエ音楽を作曲しており、今回の『リユニオン』の公演内容を象徴する作曲家でもあります。フランチェスコは、2011年にドイツグラモフォンレーベル専属契約第1弾のアルバム『バッハケージ』をリリース。その中に収録された《ある風景の中で》は、新世代のピアニストによる新たなケージ解釈として内外で絶賛を博しました。
なお、DG盤に収録された《ある風景の中で》は、アルバムリリースに際してプロモクリップが制作され、YouTubeで視聴することができます(演奏後半はバッハ)。
フランチェスコ・トリスターノ:《Hello》《Nach Wasser Noch Erde》
《Hello》はデトロイトテクノの雄ケニー・ラーキンの1994年の楽曲にタイトルが由来し、ミニマルテクノの影響が濃い作品。《Nach Wasser Noch Erde》は、水不足に直面した未来の地球を描いた作品(タイトルは「水を求め、それでも地球」の意)。2曲とも即興性が強く、一種のワーク・イン・プログレスとして書かれています。ジュリアード音楽院在学中にダフト・パンクを聴いてテクノに開眼したフランチェスコは、デトロイトテクノの大御所カール・クレイグら多くのアーティストとコラボを重ねているほか、2グランドピアノ+パーカッションのテクノユニット「アウフガングAufgang」のメンバーとしても活動しています。
フランチェスコ・トリスターノ|ピアニスト・作曲家・キーボード奏者・DJ
1981年ルクセンブルク生まれ。ジュリアード音楽院修士修了。ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ・フェスティヴァル等著名な音楽祭に参加。2000年、19歳でミハエル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団との共演でアメリカ・デビュー。2004年のオルレアン(フランス)20世紀音楽国際ピアノコンクールで優勝。2008年、ヨーロッパコンサート協会の「ライジングスター」ネットワーク・アーティストに選出され、ウィーンのムジーク・フェラインを含むヨーロッパ各地でリサイタルを実施。現在、クラシック、テクノ、ジャズのみならず、ジャンルを超えた幅広い活動を行っている。2010年3月、ユニバーサル・クラシック&ジャズ(ドイツ)と専属契約を結び、2011年3月にドイツ・グラモフォンからCD「bachCage」をリリースした。勅使川原三郎|舞踊家・演出家
クラシックバレエを学んだ後、1981年より独自の創作活動を開始。1985年以降、自身のカンパニーKARASと共に、国内のみならず欧米他、諸外国の主要なフェスティバルや劇場の招きにより多数の公演を行い、既存のダンスの枠組みではとらえられない新しい表現を追及している。舞台美術、照明デザイン、衣装、音楽構成も自ら手掛け、光・音・空気・身体によって空間を質的に変化させ創造するかつてない独創的な作品は、ダンス界にとどまらず、あらゆるアートシーンに衝撃を与え、造形作家、映像作家としての評価も高い。その他にも、パリ・オペラ座バレエ団をはじめヨーロッパの一流バレエ団へ創作作品を提供したり、ヴェニスのフェニーチェ歌劇場他からの依頼を受けオペラを演出する等、世界的先駆者となっている。佐東利穂子|舞踊家
1996年より勅使川原三郎振付の全てのグループ作品、勅使川原とのデュエット作品に出演し、国際的に活躍している。2006年にフランス・イタリアのダンス雑誌「Ballet2000」の年間最優秀ダンサー賞、2008年には日本ダンスフォーラム賞を受賞。2009年にアルテリオ小劇場で初演したソロ作品『SHE—彼女』(ディレクション:勅使川原三郎)は、現在世界ツアーへと展開している。刃物のような鋭利さから、空気に溶け入るような感覚まで、質感を自在に変化させるダンスは、世界各国で反響を巻き起こしている。勅使川原作品の振付・演出助手も務め、KARAS作品のみならず「AIR」(パリ・オペラ座バレエ団)などでもダンスミストレスの役割を担う。また、勅使川原の教育プロジェクトや国内外でのワークショップを通して、勅使川原と共に青少年のダンス教育にも積極的に取り組んでいる。メッセージ
勅使川原三郎
2012年2月1日
ピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ・シュリメとの出会い。一年半前の夏、南フランスのラ・ロック・ダンテロンの音楽祭で、私と佐東利穂子は本番の数日前、とある冷房があまりきかない稽古場ではじめてフランチェスコに会った。ちょっとしたおしゃべりの後すぐに打ち合わせ、リハーサルを繰り返し、アイディアを交換して、森の中にある野外劇場に出向いて、という具合、準備はとめどもなく進み、夜、ああ夜風がいい、さあコンサート。バッハ、パルティータ。演奏は素晴らしく滑らかで上質、彼の人格そのもの。パルティータで踊るのは厳しく激しい。必死に精一杯に身体を夜にぶつけるように踊り、そして空気に溶けた。近年演奏家と共演させていただく事がある。演奏家が作る音楽とその時々の真剣な張りつめた空気(雰囲気ではなく本当の空気)を呼吸する。私はその事がなによりも好きだ。厳しさが何かを目覚めさせる。生きているからだ。ゴルトベルク変奏曲、長年いつか踊りたいと思っていた事が現実になる。ありがとう、フランチェスコ。
メッセージ
佐東 利穂子
2012年1月
ダンスを一生追究していく身にとって、音楽とはかけがえのない大切なものです。既にそのものとして美しく成り立っている音楽とどのように自分自身の身体が存在しうるのか、日々身体と音楽が向き合っています。
それは形になる以前のダンスというものと向き合うことと等しい。そもそも「美しい」と思うものはどのようにして生まれてくるのでしょうか。
良いものを良いと感じられる価値観、確かな技術、そして技術を超えようとする精神や感情という言葉だけでは語り尽くせない生命の源のような力。
音楽と真剣に向き合う。
音楽家の方と出会い、「何か」を共有する機会をいただけるということはとても貴重なものです。
フランチェスコさんと前回共演させていただいた時、彼のキャパシティや柔軟性、そして豊かな生命感を、彼の音楽の中から身体で感じました。今回はまた違う曲の中で出会い、そして何かが生まれる瞬間に共存できることを、大変楽しみにしています。
メッセージ
フランチェスコ・トリスターノ
2011年11月
「前回の日本公演(2011年6月)から1年も経たないうちに、大好きな<二ホン>を再び訪れることになり、本当にうれしく思っています。しかも、自分のソロリサイタルではない、全く新しい形のプロジェクトのために来日し、日本が世界に誇る素晴らしいダンサーの勅使川原さん、佐東さんと再び共演させていただくことになり、非常に光栄です。これまで、自分がダンスとコラボレーションする機会はほとんどありませんでしたが、勅使川原さん、佐東さんと共演させていただいたフランスの舞台が素晴らしい成功を収め、ぜひまた3人でコラボを実現したいと考えていました。ですから、今回の『リユニオン』という形で、我々3人の共演を初めて日本の皆様にお見せできるのは、とても自然な流れだと思いますし、また論理的な結果でもあると思います。2月に東京で予定されているリハーサルが、今からとてもエキサイティングです。『リユニオン』は勅使川原さん、佐東さん、そして私の3人が<再会>するという意味ですが、それだけでなく、日本の皆様との<再会>という意味も込められています。音楽とダンスの新たなコラボの形態を模索していく『リユニオン』が、日本の皆様に存分に楽しんでいただけますよう、心から望んでおります」
メディアの掲載情報などをお知らせします。ぜひご覧ください。
勅使川原三郎氏が、「リユニオン~ゴルトベルク変奏曲」公演直前の2月11日、FMラジオJ-WAVE(番組名:スリー・シックスティ)の出演が決定いたしました!
この番組は、グローバルに活躍している地球人を ゲストに迎え、ボーダレスなライフスタイルや感性にせまり、ニュース、人、生活、文化、芸術、音楽を通し、360°の視点と感性をリスナーとシェアする3時間の番組です。
■放送局: FM放送 81.3 MHz J-WAVE
■番組名:スリー・シックスティ
■放送日時: 2月11日(土)12:00~15:00
■出演時間: 2月11日(土)13:00~13:20(勅使川原三郎氏)
■番組ナビゲーター:Andrea Pompilio (アンドレア・ポンピリオ)
■番組ホームページ: https://www.j-wave.co.jp/original/360/
去る6月の来日時にNHKで収録されたフランチェスコ・トリスターノのバッハのパルティータ第1番から~クーラント~が、NHK年末恒例の特別番組「クラシックハイライト2011」で放送されます。詳細は次のとおりです。
フランチェスコ・トリスターノと勅使川原三郎のインタビュー記事が掲載されています。「リユニオン」の予習はこれでバッチリ! 全国のタワレコと、映画館、コンサートホール、美術館などで12月10日より好評配布中です。
■NHK BSプレミアム「クラシック倶楽部」フランチェスコ・トリスターノ ピアノ・リサイタルの再放送が決まりました!
放送日:2012年1月10日(火)06:00~06:55
[曲 目]
フランチェスコ・トリスターノ:KYEOTP introduction ~ improvisation
J.S.バッハ:パルティータ第1番 変ロ長調 BWV. 825
ジョン・ケージ:ある風景の中で
フランチェスコ・トリスターノ:シャコンヌ~グラウンド・ベース~
演奏:フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)
収録:2011年6月14日(火) 自由学園 明日館講堂
公演予定曲目「ある風景の中で」のビデオクリップがYouTubeでご覧いただけます。幻想的な映像と音楽に浸ってください! |
2011年6月30日に東京・津田ホールで開催されたリサイタルから J.S.バッハ/パルティータ第6番がYoutubeにアップされました。 |
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勅使川原三郎 「リユニオン~ゴルトベルク変奏曲」 練習風景。 |
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Saburo Teshigawara/Karas - Obsession |
2011年6月30日の東京・津田ホールのリサイタルから自作:シャコンヌ~グラウンド・ベースがYouTubeにアップされました。 |
■公演予定曲目のCD、デジタルダウンロード情報です。
・フランチェスコ・トリスターノ「bachCage」(ケージ「ある風景の中で」収録)
※名門DGレーベル・デビュー盤です!
国内盤
海外盤
DG(ユニバーサルクラシックス)のアーティストページはこちら
・フランチェスコ・トリスターノ「イディオシンクラシア」
(「Hello」「Nach Wasser Noch Erde」収録)
国内盤
海外盤
UMAAレーベルの紹介ページはこちら
・バッハ「ゴルトベルク変奏曲」
CDは現在入手困難です。
iTunes
ナクソス・ミュージック・ライブラリー
…とでつながる新しい世界
フランチェスコ・トリスターノは、なにかを待っている人だ。古い世界に反抗しているのではなく、いま目の前にあるものすべてを変えて、違う姿にしてくれる「魔法」が降りてくるのを待っている。ピアノがピアノでなくなる瞬間さえ、彼は待ち望んでいるような気がする。リサイタルではピアノの内臓が開けられ、弦が爪ではじかれ、色とりどりのユニークな音を出す。プロモーション・クリップでは、グランド・ピアノがゆらゆらと夜の街を浮遊する。可動式のおもちゃの乗り物ように、楽器はピアニストとそこかしこを徘徊するのだ。ときおり拷問機具にも見えるこの黒い大きな物体と、フランチェスコ・トリスターノはあくまで夢の関係を結ぼうとする。それはとても冒険的で、果てしない世界とつながっている。
トリスターノがピアノをさらに遠くまで「旅させる」ために選んだパートナーは、ダンサーの勅使川原三郎だった。ガラスの破片の上で踊り、盲目の子供たちにダンスを教え、山羊たちと眠るように踊る勅使川原三郎は、遠いもの同士を結びつけ、夢の論理で地続きにする天才だ。ふたりともステージの「闇」を愛し、かすかな光を無限のニュアンスで表すことを知っている。
トリスターノ「と」勅使川原三郎「と」ゴルトベルグ変奏曲。彼らはバッハの宇宙にプラグをつなぎ、無限大の創造力にいざなわれて、誰もいったことのない場所にわたしたちを運んでくれるだろう。「…と」トリスターノ。未知の「何か=誰か」とつながって、個体は今までとは違う何かになる。ピアノも、ピアニストもダンサーも、バッハも。トリスターノが色々な「不思議」とかくも柔軟につながることが出来るのは、彼の精神が生まれながらの遊牧民(ノマド)であるからだろう。危険で美しい瞬間がたくさんもたらされることを期待しつつ。
小田島久恵(音楽ライター)
生命の制約と自由
生命はさまざまな制約のうちにある。勅使川原三郎と短い会話を交わしたときのこと。なぜ、手首はある一定の角度以上には曲がらないようにできているんでしょうね。彼はあたかもその解が自明であるかのようにそう問いかけてみせた。私は答えることができないまま、彼の舞台を見つめた。
手と手首の動きは滑らかすぎる曲線を描き、暗がりの中、そこだけ光を帯びた柔らかな軌跡の残像となってしばらくのあいだ消えない。渦を巻くような手足の運びは互いに連続し、その速度を失うことなく、次の運動に開かれる。身体の動きは完璧なまでに調律されて研ぎ澄まされた平衡の上にある。
ところがダンスは突然、変調する。故意に作り出された不自然でいびつな動き。不協和音とでも呼ぶべきそれは、滑稽でもあり、不気味でもある。まるで深い傷を負いながらも逃げのびようとする獣のようだ。
完全なコーディネートと、完膚なきまでのディスコーディネート。そのあいだを自在に往還する勅使川原三郎のダンス。なぜ、身体のパーツに制限が設けられているのか。私はようやくわかったような気がした。
手首の動きに制限があるのは、手首がそれを超えて動きを求めるとき、身体の他の部分に協調的な動きを促すためである。その協調をわざと断ち切れば、身体の動きは滑稽なまでに機械的なものになる。
各パーツの制限は、パーツ相互の関係を律するためにある。それによって初めて全体の同時的な協動が作り出される。それが私たちの身体を、すなわち生命を、単なる機械とは決定的に異なるものにしている。つまり不自由さは自由のために予定されたものとして存在しているのだ。
福岡伸一(生物学者)
リユニオンの閾
音楽は身体ではないが、身体は音楽である。少なくとも、勅使川原三郎が踊るときには。
たんに音楽を身体化するのではなく、もっと抽象的な思考を、勅使川原三郎の肉体という具象的な器のうちに脈動させる。あるいは、音楽という生命を原初の記憶のように蠢かせながら、自らの身体を逸脱し、そこに宿る精神を脱臼させるぎりぎりの地点で踊らせる。
勅使川原三郎の舞踊は、抽象的な消失の方向と、儚くも強靭な生命を繋留する引力の間で、微細に振動し、静寂に打ち震え、抵抗しつつもしなやかに流れ、いつも醒めながら夢みている。彼自身の精神と身体がポリフォニーを生きる時空に、佐東利穂子というまたとない他者がもうひとつのフーガを織りこむ。
いっぽう音楽作品は、思考と身体の運動を通じて、束の間の生命を歌う。音楽の響きは減衰へ向かう生理と、記憶をめぐる欲望の間で、美しく引き裂かれる。
フランチェスコ・トリスターノのキーボードは、超時空的な地平に、あらゆる音楽を繊細に引き留める。仮にバッハがテクノ・ミュージックの父であるとして、一巡してみれば、テクノがバッハを再び生み落とすこともあり得る。そうした可逆的な親近感と、同じだけの隔絶のうちに、フランチェスコ・トリスターノの均整なピアノは演奏という行為を抽象化する。バッハであれ、ケージであれ、フランチェスコ・トリスターノであれ、彼にしてみれば同じ中空の庭で踊る隣人どうしだ。
《リユニオン》という多声体はこの冬、ほんとうは誰と誰を結びつけ、何と何を交感させるのか。幸福な同期と創造的な反抗が、孤高の表現者たちの邂逅を未来の記憶に変える。
青澤隆明(音楽評論)
~公演チラシより~
繊細なタッチと卓越した解釈で現代最高のバッハを聴かせるかたわら、テクノDJと異色のタッグを組み続けるピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ。「古典舞曲の形式を用いたバッハも、アーバンライフに根付いたテクノも、スタイルこそ違え、同じダンスミュージック」とまで言い切る彼が、2011年の日本公演で絶賛されたアルバム『バッハケージ』をさらに発展させ、ついに本物の“ダンス”とのコラボに挑む。サラバンド舞曲のアリア主題を変幻自在に変奏していくバッハ「ゴルトベルク変奏曲」(抜粋)。ガムラン音楽とジャワ舞踊の記憶を遠く夢見るような、ジョン・ケージの叙情的なバレエ音楽「ある風景の中で」。そして、フランチェスコ自身の作曲によるエレクトロダンス系ピアノ曲「Hello」。これら多種多様な“ダンスミュージック”が、270年という時空の隔たりを飛び越え、一晩限りの再結合(リユニオン)を果たすのだ。これを舞台化できるのはただひとり、「ダンスは未来に触れる為にある。その未来とは生命だ。生命には起源がある」と語る勅使川原三郎しかいない。すみだトリフォニーホールの空間を駆使した勅使川原の演出、そして“ダンスミュージック”を肉体化していく佐東利穂子の舞踊。これら3人のアーティストが、聴覚と視覚を再結合(リユニオン)させる時、我々はリズムとダンスが始原において再会(リユニオン)を果たす、めくるめく瞬間に立ち会うことになるだろう。
前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)